トラウマ・原因論の否定について
アドラー心理学は、トラウマが現在を決定するという決定論の立場をとらず、むしろその経験に本人がどのような「私的意味づけ」を与え、それを現在の「目的」のためにどう用いているかを重視し、その意味づけは見直し可能であると考えます。
トラウマに関しては、フロイトの精神分析が主張するように、現在の行動や感情のすべてが過去の心的外傷(トラウマ)によって直接的に決定されるという考え方と、現代の精神医療分野の知見が示す、トラウマの生理的影響からPTSD等の症状を招いたり発達過程に広範な影響を与えうる点が広く知られています。アドラー心理学は後者の重要性を踏まえつつ、前者については以下のように異なる立場をとります。
アドラー心理学では、個人が経験する出来事は、基本的には個人によって主観的に意味付けられたものとして体験され、そのもとで個人の行動が主体的に決断されて、そうした積み重ねで個人のライフスタイルが形成されていくと考えます。そのためアドラー心理学の臨床では、個人のライフスタイルを理解しようとする際に、経験に対して本人がどのような「私的意味づけ」をし、それらが現在の人生の目的にどのように用いられているかという点を重視します。なぜならば、ライフスタイルは経験への「私的意味づけ」から大きく影響されると考えられ、しかも「私的意味づけ」は理論的にはカウンセリング等により改めることが可能なので、そこからライフスタイルの見直しを通じた困難の軽減や、より建設的な生き方を見出す可能性が開かれます。そのため、アドラー心理学はトラウマに関してフロイト的な決定論の立場には立ちません。
ただし、深刻なトラウマ体験による影響から回復するには、専門的な治療や長期的な心理療法的支援が不可欠となる場合があります。また、ある出来事がトラウマ事態として緊急的ないし慢性的な心理的危機を引き起こしている場合は、アドラー心理学からの治療の適応範囲にはありません。その場合『危機介入』の専門職など心理専門職の方の介入が優先されます(アドラー心理学の適応範囲についてはAIJアドラー心理学カウンセラーにお問い合わせください)。
アドラー心理学は、強い生理的ストレスが脳の生物学的変化やトラウマ記憶に影響を与え、後遺症を残す可能性を認めています。また現在のライフスタイルは過去に形成されたものであり、したがってその時点の経験が間接的に影響している点も認めます。なお、緊急的・慢性的な心理的危機を引き起こしているトラウマ事態そのものは、アドラー心理学ではなく心理専門職の介入が優先されるべき領域と考えます。
アドラー心理学は過去の影響を完全に無視するわけではありません。強い生理的ストレスは、脳の生物学的変化やトラウマ記憶の特殊な処理への影響を招き、後遺症を残す場合があります。またアドラー心理学の臨床理論から考えても、現在用いているライフスタイルは、過去のいずれかの時点で概ね無意識的に作られたものですから、その時点での他者との葛藤などの経験は、間接的には現在にも影響を与え続けている、ということができます。すなわちアドラー心理学が否定するのはトラウマに関する決定論的なフロイトの見解であって、また歴史的に言っても、そもそもPTSDに関する論文を先駆的に1943年の時点で示したのは、他ならぬアドラーの娘のアレクサンドラ・アドラーなのです。
なお、ある一回性の出来事がトラウマ事態として緊急的ないし慢性的な心理的危機を引き起こしている場合は、一般的にアドラー心理学による治療の適応範囲にはありません。その場合『危機介入』の専門職など心理専門職の方の介入が優先されます。
アドラー心理学は、深刻な虐待や災害による苦しみを「利用しているだけ」といった軽々しいものとは考えず、むしろその苦しみや不安を、直面した脅威から「自分の身を守る」という切迫した目的のため個人全体が用いていると捉え、その体験への「意味づけ」と「現在の生き方」に焦点を当てて、建設的な方向性を探ります。
目的論に関するお尋ねかと思います。アドラー心理学では、感情もまた、何らかの目的を実現するために用いられていると考えます。つまり個人は、自分にとって重大な意味があるからこそ他ならぬその感情を用いるのであって、「利用しているだけ」などといった軽々しいものではないのです。アドラー心理学は、深刻な虐待や恐ろしい災害に合われた方の、苦しみの現実やその深さを否定するものではありません。その後も続く気持ちの動転や強い不安まで含めて、それらは人間に本来的に備わっている、自分の身を守るための重要な仕組みであると考えます。つまり全体としての個人が、直面した脅威に対応するために、様々な苦しみを用いている、と考えるのです。
そのように踏まえた上で、アドラー心理学の治療では、その方がご自分の体験にどのような意味づけをし、それに基づいて、現在どう生きておられるのかについて焦点を当てます。そこから、これからどうすればより建設的な方向へ進めるかを、ご本人に寄り添って考えていくのです。
なお先述の通り、あるひとつの出来事がトラウマ事態として緊急的ないし慢性的な心理的危機を引き起こしている場合は、一般的にアドラー心理学によるカウンセリングの適応範囲にはありません。その場合『危機介入』の専門職など心理専門職の方の介入が優先されます。
アドラー心理学は、過去の原因探しに終始するのではなく、「これからどうしたいか」という未来の「目的」を明確にし、その目的達成のために現在の対処行動が適切かを検討した上で、「今ここで何ができるか」を具体的に話し合い、その実行を「勇気づける」ことで行動変化を促し、問題解決を目指します。
過去の原因が分かっても、それだけでは解決しないことが多いという実践的な立場から、アドラー心理学では原因探しに終始するのではなく、「これからどうしたいのか(目的)」を明確にし、その目的達成のために「今ここで何ができるか」に焦点を当てます。そのためアドラー心理学の臨床では、人生の課題に際しての対処行動が、どのような目的のもとでどのように行われているかを確認し、それらが目的や対処行動の仕方として適切であるかを検討したうえで、適切な目的に向かって実際に何ができるかを話し合い、そうした行動へと本人を勇気づけます。そこでは原因の代わりに、目的と未来に焦点を当てることで、具体的な行動変化を促し、問題解決を目指すのです。
アドラー心理学では、自覚がなくても行動には必ず「目的」があると考え、カウンセリングやエピソード分析を通じて具体的なエピソードにおける感情や行動パターンを分析し、その背景にある無意識的な信念や仮想的目標(=目的)への「気づき」を促すとともに、必要であればより建設的な新しい目的を見つけてそちらへ進むよう「勇気づけ」を行います。
アドラー心理学では、たとえ本人に自覚がなくても、すべての行動には何らかの「目的」があると考えます。ライフスタイル(ものの見方や行動パターンの全体)は、人生の早期に形成されますが、それは与えられた環境に「どのような意味を与え」、どのように「使用するか」という本人の無意識的な選択の結果です。アドラー心理学のカウンセリングやエピソード分析を学ぶグループワークでは、クライアントの実際のエピソードをもとに、そこでの本人の感情の動きや行動のパターンを分析し、背景にあるその人固有の信念や仮想的目標をクライアントとともに探求し、気づきを促します。そして必要に応じて、周囲にとっても本人にとってもより建設的といえる新しい目的(目標)を見つけ出し、その方向へと勇気づけを行うのです。
アドラー心理学では、後悔自体は自然な感情と認めますが、もし「あの時こうしていれば」といつまでもその気持ちに浸り続けている場合、それは「現在の困難から目をそらして何もしないこと」を正当化したり、周囲の「同情や援助」を求め続けたりするという、未来に向けた何らかの「目的」のためにその感情を用いている可能性があると考えます。
後悔という感情自体は自然なものとして認められます。しかし、後悔している出来事からすでに歳月が過ぎているにもかかわらず、いつまでも「あの時こうしていれば」とその気持ちに浸り続けているのなら、そこには何か別の「目的」が隠れている可能性をアドラー心理学は指摘します。つまり、「あの時違う選択をしていれば、今の苦労はなかったのに」と思い詰め、現在の困難をすべて過去のせいにして、今後も何もしないことを正当化していたり、周囲に「あの時の選択のせいで、こんなに私は不幸だ」と強調することで同情や援助を求め続けていたりする可能性があるのです。もしそうであれば、アドラー心理学のカウンセリングでは、その感情を未来への建設的な学びに変え、「これからどうするか」に目を向けるよう促すでしょう。
