対人関係について
病気や災害などの直接的な苦痛は生理的なものですが、そこから生じる主観的な「悩み」は、他者との別離の辛さや悲しさといった対人関係の文脈で意味づけられ体験されます。
病気や事故、災害等に遭遇した際の直接の痛みや苦しみは、いわゆる人間心理上の「悩み」以前の、生理的なものです。アドラー心理学が対人関係上の問題だと指摘するのは、それら個別の苦痛に対して個人が覚える主観的な諸症状、つまり「悩み」についてです(ただし主観的といっても、脳機能の不調から直接生ずる抑うつ気分や、幻覚・せん妄・妄想等の症状に伴う恐怖感などについては生理的苦痛に属すると考えられます)。
人間は対人関係に深く組み込まれた存在であり、いかなる出来事も、最終的には対人関係上ないし社会的な文脈から意味づけられた形で体験されます。たとえば、いずれ誰しもに訪れる自分自身の死にしても、それに先立つ病苦等の生理的な痛みや苦しみとしてだけではなく、対人関係上の悲痛な出来事として、つまり死に伴って避けられない、本人と他者との別離の辛さや悲しみとして体験されるのです。
はじめからアドラー心理学が第一選択だと決めつけずに、幅広い可能性を考慮すべきであり、カウンセリングが適応とされる場合は治療的人間関係を確立しつつ、その人に応じた個別の対応を行います。
まず大事なことは、ひとりひとりの状況に応じた、適切な対応をとることです。対人関係が極端に苦手であったり、社会的に孤立しているとしても、どうしてそうなのかは様々な事情が考えられます。周囲の環境が過酷で、そうするのがやむをえない状況なのかも知れません。ご本人が暴力的な状況のなかで身動きがとれないのなら、警察や法の専門家への相談がまず大切です。また福祉的な支援には、精神保健福祉士やソーシャルワーカー、地域の相談支援事業所などへの相談が重要となります。あるいは、ご本人は生得的あるいは後天的な障害、または精神疾患による困難を抱えておられるのかも知れません。その場合は、専門医療機関(心療内科、精神科、発達専門医など)を受診し、正確な診断と適切な治療・支援を受けることを強く推奨します。したがって、はじめからアドラー心理学カウンセリングだけを第一選択とせず、あるいは単独で行うのではなく、幅広い可能性を考慮した対応が望まれます。
アドラー心理学カウンセリングの適応がある場合は、治療的人間関係のなかで、その方からよくお話を伺います。どのように助言するかなどはそうした上で定められるべきで、事前の決めつけはもっとも避けるべきものと考えます。
実際には全く純粋な競争社会は存在せず、協力関係と競争関係が混在しているため、一面的な「競争社会」という前提のもとで、意識だけを変えようとする努力は矛盾しており現実的ではありません。
ご質問は、アドラー心理学の「競争より協力」という主張が非現実的ではないか、というご指摘かと思います。この点を考えるには、まず「競争社会」という前提自体を検討する必要があるでしょう。というのも、そもそも純粋な競争社会などというものは存在せず、現実の社会は、競争と協力が様々な程度で混在するものだからです。
例えば、競争の激しいビジネスの領域においても然りです。自由競争は、公正なルールなしには成立しません。ルールの破壊や一方的な変更は自由競争の破壊に繋がります。そして法整備や条約の締結を含むルールの整備・維持には、人々の安定した協力が不可欠であり、そのような協力のもとでこそ自由競争は可能となります。さもなくば、いかなる勝者も存在しない、いわゆる「万人の万人に対する闘争」状態となってしまうでしょう。
ご質問が、社会のなかで「他者との比較や競争意識を完全に無くすことは現実的か」といったものであれば、私たちは「今すぐには困難ですが、将来的には可能だと考え、前に進むことはできます」とお答えします。しかし、世の中を「競争社会」と一面的にとらえた上でのご質問ならば、それは競争のみを肯定し協力しあうことを否定しながら、なおかつ意識だけ協力的に変えることは可能か、と聞いておられるのに等しく、私たちからは、そのような矛盾した努力は現実的ではなく、また、私たちの主張はそのようなものではありません、とお答えすることになります。
いいえ、被害者の苦痛を無視したり「受け止め方次第」として暴力を容認したりすることはあってはならず、まず被害者の安全確保を最優先とし、必要に応じ医療・法・警察等の専門的支援へとつなぎ、その上で要請があれば心理的対応を行います。
アドラー心理学はそこで、「相手の課題」だとして、被害者の苦痛を無かったことにするものではありませんし、もちろん「自分の受け止め方次第」などと、結果として暴力に与する不法な姿勢を伝えるものでもありません。加害者の行動の責任は加害者の課題として別途充分に問われねばなりませんが、まずは喫緊の課題として、被害者が現在までの状況から抜け出してふたたび安心して人々との関わりに参加できるようになるために、被害者自身の安全を関係者や(必要に応じ)法の専門家、警察等との調整により万全に確保しつつ、医療的な対応を含む専門的な支援へと速やかにつないでいくことが何よりも重要と考えます。そうした上で、あるいはそうした中で要請があれば、アドラー心理学の心理療法士やカウンセラーからも可能な対応を行います。
