アドラー心理学Q&A

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基本前提

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アドラー心理学でいう「個人の主体性」とは、人は過去の経験や感情などに支配されるのではなく、それらさえも道具として使いながら、自らの行動や人生の意味づけを「自ら主体的に選択している」という考え方です。

アドラー心理学における「個人の主体性」は、個人は自らの行動やありかたを自らが決めているという考え方です。私たちは、心や体に使われているのではなく、私たちが自身の心や体を主体的に動かしていると考えます。

感情や病気、過去のトラウマ、子ども時代の出来事、性格、習慣などが人間を動かすと考える心理学もありますが、アドラー心理学ではこの考え方を使いません。そうではなく、私たちが感情やトラウマ、過去の経験、性格、習慣などを「使い」ながら、いつでも自由に物事を決めているのだと考えます。この考え方を採用すると、個人はいつでも自分が決めれば自分の性格、ものの見方や行動を変える事ができることになるのですが、自由に決められない「ふり」をしていると考えます。

アドラーは「我々は人生の主人公である」と述べました。アドラー心理学では、個人が自分自身の人生の脚本家であり、監督であり、主役であるのだと考えます。人生で遭遇するできごとが良いことか、悪いことなのかは、個人がその人自身の価値観を参照して意味づけているのです。そうしたできごとにどう向かい合いどのように対処するかも、個人の主体的な選択に基づくものであり、その選択の結末は、いづれかの形でその個人が引き受けることになります。つまり個人は、自らの責任で自分自身の人生を生きているのです。ライフスタイルが個人に人生を歩ませるのではなく、個人がライフスタイルを道具として用いて人生を歩むのであり、いわゆるペルソナも、個人がその人自身の目標に向かって主体的に選ぶのだと考えます。ですから、もし個人が変化し成長しようと願い決心するのなら、ライフスタイルそれ自体さえも変えていくことができるのです。

主要概念

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アドラー心理学の「ライフスタイル」とは「性格」や「人格」にあたるもので、遺伝や環境に一方的に決定されるのではなく、子ども自身が家庭環境やきょうだい関係に影響を受けながら、試行錯誤や模倣などを通じて主体的に「選択」して形成するものです。

「ライフスタイル」とは、一般的に使われる「性格」や「人格」に相当する、アドラー心理学の中心的な概念です。アドラーが「性格」や「人格」という言葉を使わなかったのは、「性格」という言葉が持つ遺伝決定論的なニュアンスと、「人格」が持つ、逆に遺伝的要因を軽視しすぎるニュアンスの両方を避けるためでした。また、アドラー心理学では、ライフスタイルは遺伝や環境に影響はされるものの、それらによって一方的に決定されるわけではないと考えます。この独自の立場を明確にするために、「ライフスタイル」という言葉が選ばれました。

次に、ライフスタイルの形成過程についてですが、ライフスタイル形成における最も重要な原則は、子ども自身が主体的な「選択」によってライフスタイルを選び取るという点です。子どもは以下の3つの方法を通じて世界を学び、自らの生き方(ライフスタイル)を能動的に構築していきます。

  • 試行錯誤:様々な行動を試し、その結果(親や兄弟に受け入れられたか、願いが叶ったかなど)から、うまくいく方法を法則として自ら発見します。
  • モデル(模倣):親や兄弟、物語の登場人物など、他者の行動を真似ることで学びます。
  • 言葉:親や教師から話を聞いたり、本を読んだりして、言語を通じて学びます。

いずれの方法においても、子どもは教えられたことをそのまま受け入れるのではなく、自分が学びたいことを選び取って、自身のライフスタイルを形作っていきます。子どもがライフスタイルを「選択」する上で、特に大きな影響を与えるのが「家庭環境」と「きょうだい関係」です。

「家庭環境」は人間が人間らしく育つための最も基礎的な共同体であり、家庭を破壊することは健全なライフスタイル形成を著しく阻害します。

「きょうだい関係」ですが、アドラーは、親よりもきょうだいの影響を重視しました。なぜなら、いってみれば親は獲得すべき「賞品」であるのに対し、きょうだいは同じ賞品を奪い合う「競争相手」に位置し、生き方の作戦(ライフスタイル)を立てる上でより決定的な影響を与えるからです。アドラーによると、誕生順位によって以下のような典型的な傾向が見られるとされます。

  • 第一子(長子):親の愛情を独占した後に王座を奪われる経験から、賢さや能力を誇示する、あるいは乱暴になるといった作戦をとる傾向があります。
  • 中間子:注目を独占した経験がなく、家の中より外に活路を見出したり、人間関係の中で自分の位置を確保するために工夫を凝らしたりします。
  • 末子:常に年長者に囲まれ、可愛がられる術を身につけますが、主体性に欠ける可能性があります。
  • 一人っ子:末子に似ていますが、競争相手がいないため、許される範囲の「限界」を知らない傾向があります。

なお、誕生順位によるこうしたライフスタイルの傾向は、単に一つの例であって可能性にすぎないものです。個人のライフスタイルはその人独特のものであるが故に、誕生順位以外の様々な情報を知ることによってはじめて個人のライフスタイルを理解することができるのだとアドラー自身が述べています。

たとえば、性別やきょうだい間の年齢差、個々の子どものリソースによってもまったく違ってきます。親の影響としては、親の持つ価値観すなわち「家族の価値」や、家族の価値を伝える方法としての「家族の雰囲気」があります。また、家庭以外でライフスタイルに影響を及ぼす要因としては、学校や、その他ライフスタイル形成期に子どもが所属する集団や、子どもが接する様々な情報(メデイア、出版物、インターネットなど)も、ライフスタイル形成に影響を与える要因となります。

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「私的感覚」とは、出来事に対して「良い(プラス)」「悪い(マイナス)」を瞬時に判断する個人独自の無意識的な価値判断であり、これが個々のエピソードにおける表層的な反応(私的論理)を生み出すのに対し、「ライフスタイル」は、複数のエピソードに共通するその人固有の「私的感覚(=私的意味づけ)」の背後にある、パーソナリティ全体を貫く根源的な思考・行動パターン(深層構造)を指します。

「私的感覚(Private Sense)」とは、個人が持つ独自の「こうあるべきだ」「こうなったら素晴らしい」という感覚に基づく、多くの場合無意識に行われる「価値判断」のことです。これは、ある出来事や状況に直面した際に、「何が良いこと(プラス)で、何が悪いこと(マイナス)か」を瞬時に判断する、個人の行動の背後にある「黒幕」のようなものです。

この感覚は、具体的な出来事の中で次のように機能します。

  1. ある出来事が起こると、人は無意識に自分の「私的感覚」に照らし合わせます。
  2. その出来事が理想から外れている(マイナス面)と判断されると、「劣等感」が生じます。これは「他人より劣っている」という意味ではなく、「自分の理想と現実とのギャップ」を指す感覚です。
  3. この劣等感は具体的には、不安、怒り、後悔などといった「陰性感情」として感じられます。
  4. そして、その理想と違う状況を解決し、理想の状態(プラス面)に近づけようとする「対処行動」が引き起こされます。

そのため、ある人の「私的感覚」を理解するためには、まず具体的な「エピソード(一回限りの出来事)」の分析から始めます。そのエピソードにおいて陰性感情が最も強いところや、あるいはエピソードの中で初めて陰性感情が出たところ、続いていた陰性感情が急に強まったところなど、「そのエピソードが一番ドラマティックに展開をみせたところ」を起点に、以下の3つの要素を分析します。

  • ライフタスク (Lifetask / LT):
    その「対処行動」を取らなければならなかった問題状況のこと。私的感覚のマイナス面に触れた出来事。この状況にある時、人は「劣等感」(理想と現実のギャップ)を感じます。具体的には陰性感情(不安、怒り、後悔など)として感じられます。
  • 対処行動 (Coping Behavior / CB):
    問題を解決するために、その人が具体的に取った行動のこと。
  • 仮想的目標 (Fictional Goal / FG):
    その「対処行動」の先に期待している理想的な解決イメージのこと。私的感覚のプラス面が現れたもの。その人が「こうなれば素晴らしい」と考える、キラキラした理想のイメージ。

これら3つの要素は、「私的感覚」という一つの価値判断から生まれ、「私的感覚」によってお互いに結びついています。つまり「私的感覚」とは、その個人固有の「およそ人たるもの(=自分も相手も)~であるべきだ」といった感覚に基づく、「【仮想的目標】はプラスであり、【ライフタスク】はマイナスであり、【対処行動】がマイナスからプラスに進むための手段である」という、プラスとマイナスの両側面を持つ価値判断の体系ということができます。

そして、私的感覚から生まれる「仮想的目標」は、以下の2種類に分けられます。

  • 競合的な目標
    相手と自分を比べ、優劣や善悪などを決めようとする目標。これは相手を「劣っている」「間違っている」と裁くことになるため、対立を生みやすくなります。
  • 協力的な目標
    相手と共通の目的に向かって協力しようとする目標。

人間関係のトラブルは、多くの場合「競合的な目標」を持つ私的感覚から生じます。その場合、解決のためには、目標をより「協力的なもの」へと作り直す必要があります。

次に「私的感覚」と「ライフスタイル」の関係ですが、「ライフスタイル」とは、個人のパーソナリティ全体を貫く、より根源的な思考・行動パターンのことです。アドラー心理学ではある個人が出来事に際して持つ、「ライフタスク→対処行動→仮想的目標」といったような考え方の流れを「私的論理」と呼んでいますが、これが個別のエピソードにおける表層的な反応パターンだとすれば、「ライフスタイル」はその背後にある深層構造といえます。また、ある個人の複数のエピソード(現在の複数の出来事や後述の早期回想)で共通して見出される、その個人に一貫するといえる「私的感覚」を「私的意味づけ」と呼びますが、そこに端を発して動いている根源的な思考パターンこそが「ライフスタイル」なのです。

レベル価値判断の体系考え方の流れ
(LT → CB → FG)
表層(個別のエピソード)私的感覚 (Private Sense)私的論理 (Private Logic)
深層(パーソナリティ全体)私的意味づけ (Private  meaning)ライフスタイル (Lifestyle)

「私的感覚」と「ライフスタイル」は以上のような関係にあります。

なお、ライフスタイルを分析する上で非常に有効なのが、「早期回想(小学校卒業くらいまでの、感情を伴う鮮明な子ども時代の記憶)」です。早期回想を分析する理由は以下の2つです。

  • 現在のエピソードと、時間的に遠く離れた子ども時代の思い出に共通のパターン(私的感覚、私的論理)が見つかれば、それは一時的なものではなく、その人の生き方全体を貫く「ライフスタイル」である可能性が高まります。
  • 人がわざわざ記憶し続けている数少ない子ども時代の思い出には、「この世とはこういうものだ」「自分はこういう人間だ」といった、自分自身、他者、世界に対するその人の根本的な意味づけ(「私的意味づけ」)がよりシンプルに表されていると考えられます。

早期回想の分析方法は、現在のエピソードの分析と全く同じ(LT→CB→FG)です。こうして複数のエピソードから「私的感覚」を分析し、その共通項を探ることで、個人の「ライフスタイル」が明らかになります。

このライフスタイルは固定的なものではなく、書き換えることが可能です。それには以下の3つのステップを繰り返すことが有効です。

  • 理解 (Understand):
    エピソード分析を通じて、自分の「私的感覚」や「私的論理」のパターン(例:「私はいつもこうやって失敗しているな」)を言葉にして理解する。
  • 行動 (Act):
    理解に基づいて、より協力的な目標や、より適切な対処行動を意識的に試してみる。
  • 成功 (Succeed):
    新しい行動によって、実際に関係がうまくいくという成功体験を積む。

この「理解→行動→成功」のサイクルが学習となって働き、個々の「私的感覚」がより協力的なものに修正され、最終的には根源的な「ライフスタイル」そのものが、より良い方向へと書き換えられていくのです。ただし上記の過程から明らかですが、これは自分ひとりで行えることではなく、周囲の協力と本人の努力があわさり、初めて可能となるものです。つまり、これは個人の成長過程であるとともに、個人が共同体に参加し、相互に貢献していく過程でもあるのです。

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アドラー心理学における「人生の課題(ライフタスク)」とは、人間が社会的な存在として生きていく上で直面せざるを得ず、個人の精神的健康や生き方(ライフスタイル)と深く結びついている「仕事」「交友」「愛」という3つの対人関係の課題を指します。

アドラー心理学における「ライフタスク」とは、人間が社会的な存在として生きていく上で、直面せざるを得ない「課題」を指します。タスクといっても、その人の抱えるいわゆる「やるべきことリスト」のことではなく、個人の精神的な健康や幸福、そしてその人の生き方そのもの(ライフスタイル)と深く結びついた、包括的な概念です。

アルフレッド・アドラー自身が明確に提唱したのは、以下の三つのライフタスクです。このどれもが対人関係であることは、とても重要な点といえます。この分類は、主として関係の継続性に基づいています。

  • 仕事のタスク:生計を立てるための職業活動、学業、家事など、生産性に関わるあらゆる活動を指します。社会の一員として貢献し、自分の居場所を確保するための基本的な課題です。
  • 交友のタスク:友人関係や地域社会との関わりなど、恋愛や家族関係以外のより広い対人関係を指します。他者と協力し、社会的なつながりを築く能力が問われます。
  • 愛のタスク:パートナーシップや親子関係といった、最も親密な対人関係を指します。ライフタスクの中で最も困難なものとされ、深いレベルでの信頼と貢献が求められます。

これらのタスクは多くの場合、実生活において、現実と、本人が理想とする状態(仮想的目標)とのギャップとして現れます。そのため「課題」として認識される際には、「劣等感」、具体的には不安、怒り、後悔などといった陰性感情を伴うことが一般的です。

これらの課題にどのように取り組み、そこで他者とどのように協力していけるかは、その人の人生のあり方と不可分といえます。アドラー心理学のカウンセリングでは、個人がこれらの課題にどう向き合い、困難を乗り越えていくか、について話し合います。また、必要に応じてその人の「ライフスタイル」を分析し、より根源的な解決策を見出すことを目指します。

なお、これらに加えて、アドラー派の論者によっては「自己との課題」「スピリチュアルな課題」などを加えることもあります(ハロルド・モザックによる提唱)。

現代社会とアドラー心理学

アドラー心理学を学ぶことで、自己理解が深まり、対人関係の葛藤解決法や「勇気づけ」を学ぶことを通じて、自分の人生を主体的に切り開いてより調和のとれた充実した生き方を実現するための知恵と勇気が得られます。

アドラー心理学を学ぶことで期待できる個人の変化は多岐にわたりますが、まず、自己理解が深まり、自分の行動や感情の背後にある目的やライフスタイルに気づくことができるようになります。これにより、不適切なパターンを変え、より建設的な生き方を選び取る力が養われます。また対人関係においては、葛藤の解決方法を学ぶことで、不必要な摩擦や悩みが軽減されるでしょう。さらに、共同体感覚を学び「勇気づけ」を実践することで、自分自身や周囲の人間の人間的成長が得られるかもしれません。総じて、自分の人生を主体的に切り開き、より調和のとれた充実した生き方を実現するための知恵と勇気が得られるでしょう。

トラウマ・原因論の否定について

アドラー心理学は、トラウマが現在を決定するという決定論の立場をとらず、むしろその経験に本人がどのような「私的意味づけ」を与え、それを現在の「目的」のためにどう用いているかを重視し、その意味づけは見直し可能であると考えます。

トラウマに関しては、フロイトの精神分析が主張するように、現在の行動や感情のすべてが過去の心的外傷(トラウマ)によって直接的に決定されるという考え方と、現代の精神医療分野の知見が示す、トラウマの生理的影響からPTSD等の症状を招いたり発達過程に広範な影響を与えうる点が広く知られています。アドラー心理学は後者の重要性を踏まえつつ、前者については以下のように異なる立場をとります。

アドラー心理学では、個人が経験する出来事は、基本的には個人によって主観的に意味付けられたものとして体験され、そのもとで個人の行動が主体的に決断されて、そうした積み重ねで個人のライフスタイルが形成されていくと考えます。そのためアドラー心理学の臨床では、個人のライフスタイルを理解しようとする際に、経験に対して本人がどのような「私的意味づけ」をし、それらが現在の人生の目的にどのように用いられているかという点を重視します。なぜならば、ライフスタイルは経験への「私的意味づけ」から大きく影響されると考えられ、しかも「私的意味づけ」は理論的にはカウンセリング等により改めることが可能なので、そこからライフスタイルの見直しを通じた困難の軽減や、より建設的な生き方を見出す可能性が開かれます。そのため、アドラー心理学はトラウマに関してフロイト的な決定論の立場には立ちません。

ただし、深刻なトラウマ体験による影響から回復するには、専門的な治療や長期的な心理療法的支援が不可欠となる場合があります。また、ある出来事がトラウマ事態として緊急的ないし慢性的な心理的危機を引き起こしている場合は、アドラー心理学からの治療の適応範囲にはありません。その場合『危機介入』の専門職など心理専門職の方の介入が優先されます(アドラー心理学の適応範囲についてはAIJアドラー心理学カウンセラーにお問い合わせください)。

アドラー心理学は、強い生理的ストレスが脳の生物学的変化やトラウマ記憶に影響を与え、後遺症を残す可能性を認めています。また現在のライフスタイルは過去に形成されたものであり、したがってその時点の経験が間接的に影響している点も認めます。なお、緊急的・慢性的な心理的危機を引き起こしているトラウマ事態そのものは、アドラー心理学ではなく心理専門職の介入が優先されるべき領域と考えます。

アドラー心理学は過去の影響を完全に無視するわけではありません。強い生理的ストレスは、脳の生物学的変化やトラウマ記憶の特殊な処理への影響を招き、後遺症を残す場合があります。またアドラー心理学の臨床理論から考えても、現在用いているライフスタイルは、過去のいずれかの時点で概ね無意識的に作られたものですから、その時点での他者との葛藤などの経験は、間接的には現在にも影響を与え続けている、ということができます。すなわちアドラー心理学が否定するのはトラウマに関する決定論的なフロイトの見解であって、また歴史的に言っても、そもそもPTSDに関する論文を先駆的に1943年の時点で示したのは、他ならぬアドラーの娘のアレクサンドラ・アドラーなのです。

なお、ある一回性の出来事がトラウマ事態として緊急的ないし慢性的な心理的危機を引き起こしている場合は、一般的にアドラー心理学による治療の適応範囲にはありません。その場合『危機介入』の専門職など心理専門職の方の介入が優先されます。

アドラー心理学では、自覚がなくても行動には必ず「目的」があると考え、カウンセリングやエピソード分析を通じて具体的なエピソードにおける感情や行動パターンを分析し、その背景にある無意識的な信念や仮想的目標(=目的)への「気づき」を促すとともに、必要であればより建設的な新しい目的を見つけてそちらへ進むよう「勇気づけ」を行います。

アドラー心理学では、たとえ本人に自覚がなくても、すべての行動には何らかの「目的」があると考えます。ライフスタイル(ものの見方や行動パターンの全体)は、人生の早期に形成されますが、それは与えられた環境に「どのような意味を与え」、どのように「使用するか」という本人の無意識的な選択の結果です。アドラー心理学のカウンセリングやエピソード分析を学ぶグループワークでは、クライアントの実際のエピソードをもとに、そこでの本人の感情の動きや行動のパターンを分析し、背景にあるその人固有の信念や仮想的目標をクライアントとともに探求し、気づきを促します。そして必要に応じて、周囲にとっても本人にとってもより建設的といえる新しい目的(目標)を見つけ出し、その方向へと勇気づけを行うのです。

自己決定性・ライフスタイルについて

いいえ、影響は大きいと認められますが、それらが人生を決定づけるのではなく、個人がそれらの条件(材料)にどのような「意味づけ」を行い、どう「用いるか」によってライフスタイルは形成されると考えます。

それらの影響は確かに認められます。特に、家族構成(アドラー心理学では「家族布置」と呼びます)と、持って生まれた障害(「器官劣等性」と呼びます)が個人の性格に与える影響は大きいと考えられます。しかし、それらが直接的に人生すべてを「決定づける」わけではありません。個人が概ね無意識に、それらにどのような「意味づけ」を行い、それらをどのように「用いるか」によって、アドラー心理学でいうところのライフスタイルは形成されるのです。その意味で、ライフスタイルは環境によって直接作られたものではなく、生得的な条件や家庭環境を材料として、個人が自ら創造したものともいえます。

いいえ、ライフスタイルの全体的な変容は容易ではなく、大きな勇気と努力が必要です。「いつでも変われる」とはそのプロセスの容易さではなく、いつからでも開始できるという可能性を示すものです。

アドラー心理学は、むしろ、ライフスタイルの全般的な変容が容易ではないことを説明します。それは、個人が長年そこに安定していた習慣や信念体系から、別の習慣や信念体系へと移行することであり、そのためには大きな勇気と努力が必要であって、またカウンセリングなど適切な援助が必要となることも少なくありません。「いつでも変われる」とは、いつからでも変わることができるという可能性を示すものであり、そのプロセスが容易であるという意味ではありません。

ただし、人生で直面する問題の多くは、本格的なカウンセリングを伴うライフスタイル全般の変容を経なくとも、その課題に対する目標や対処方法を見直すことで解決できる場合が少なくありません。また、そのようなささやかな変化の積み重ねで、長年染み付いた性格や習慣が変わっていく可能性もあります。性格や習慣を変えたいなら、まず、普段のほんの小さなところから始めてみてはいかがでしょうか。

フロイト的な「無意識」は主張しませんが、自覚されていない行動の目的やパターンなど、個人に意識されにくい側面があることを認めます。衝動は器質的要因でないかぎり、ライフスタイルと関連づけて理解しようとします。

アドラー心理学は、フロイト的な人間行動の諸原因としての「無意識」を主張しませんが、行動の背景にある「自覚されていない目的」や「私的論理(private logic)」の存在は認めます。これらは、意識と無意識とを截然と分けるのではなく、意識されにくい個人の行動パターンとして捉えられます。衝動も、器質的な事情(内因性の精神疾患や、重度の強迫行為、解離症状など本人の意思・目的とは言い難い症状、発達障害の特性によって生じる困難、投薬の影響など)によるものでないかぎりは、その人のライフスタイルと関連づけて理解しようとします。

実践の難しさ・現実との乖離について

ご指摘の通り読書はきっかけでしかなく、実際のライフスタイルの変容には継続的な学習と実践が欠かせず、時には専門家の援助が必要となります。

ご指摘の通りだと思います。アドラーに関する書籍は多数出版されていますが、残念ながら読書だけで(あるいはこのホームページを含むインターネット上のコンテンツを読むだけで)深い変容が起こることは、極めて稀なことと考えられます。それが何らかの気づきや理解のきっかけになったとしても、実際のライフスタイルの変容には継続的な学習と実践が欠かせませんし、時には専門家の援助が必要です。読書は第一歩であり、そこからどう行動し、体験を積み重ねるかが重要となります。