アドラー心理学では、高齢の親とは「縦の関係」や過去のイメージの呪縛を乗り越えて「横の関係」を築くことが重要であり、具体的には、日常の出来事を共有したり親の経験を頼ったりして「仲間」としての所属感を満たし、不満には反論せず傾聴することで、尊敬と感謝に基づいた関係を再構築することを教えます。
高齢者、特に自身の親と良好な関係を築くためには、テクニック以前に私たちの心構えを見直すことが重要です。その基本原理は、アドラー心理学における子育ての考え方と多くが共通しています。しかし、子供に対する関係とは異なる特有の難しさも存在します。
アドラー心理学の対人関係論は、相手が子供であれ、年老いた親であれ、その基本原理は変わりません。それは相互尊敬と相互信頼に基づいた、対等な横の関係を築くことです。しかし、親との関係には以下の2つの難しさがあります。
- 辛抱強さの違い
私たちは子供の未熟さや失敗には辛抱強くあれますが、自分の親に対しては感情的になりやすく、寛容さを失いがちです。特に、配偶者の親(姑・舅)に対しては、その傾向がさらに強まることがあります。 - 過去のイメージの呪縛
親はいつまでも我が子を「子供」として見てしまいがちです(例:60歳を過ぎた息子に18歳当時と同じ量の食事を用意する)。同時に、私たち自身も親に対して「子供の頃の親」のイメージを引きずってしまい、対等な大人同士として向き合うことを難しくしています。
具体的なコミュニケーションの実践法
感情的な対立を避け、建設的な関係を築くためには、問題が起きる前の「予防」と、起きてしまった後の「対処」の両方が重要です。
【第一の鍵】 問題を未然に防ぐ:「仲間」であり続けるための工夫
親が不平不満や悪口を言う背景には、会話についていけず、「自分は仲間外れにされている」という孤立感がある場合が少なくありません。そのマイナスの感情を埋めるために、たとえ否定的な反応でも、相手が確実に反応する話題(例:亡くなった配偶者の悪口、体の不調、他人の悪口)を選んでしまうのです。
この状況を避けるために、こちらから積極的に「仲間」であると感じてもらう働きかけが極めて重要です。
- 共通の話題を継続的に提供する
日々の出来事をメールで報告したり、電話で話したりして、こちらの状況を共有する。「今晩のおかず、何がいいかな?」「この時期の魚は何が美味しい?」など、日常的な相談を持ちかける。 - 親の知識や経験を尊重し、頼る
おせち料理の作り方、冠婚葬祭のしきたりなど、親が得意とする分野について教えを請う。多少の苦労をかけてでも「自分がいないとこの子たちは駄目ね」と思ってもらうことが、親の所属感を満たす。
【第二の鍵】 問題が起きた時の対処法:目的を「仲間になること」に再設定する
もし親が不満を口にし始めても、感情的に反論してはいけません。それは関係を悪化させる「権力争い」に陥るだけです。この時の目的は、相手を言い負かすことではなく、「もう一度、仲間になること」です。
- まず、相手の話を最後まで聞く(傾聴)
相手の方をしっかり見て、相槌を打ちながら、話を遮らずに最後まで聞きます。それだけで相手の気持ちは落ち着き、会話が一方的な不満で終わるのを防げます。 - 「開かれた質問」で話を深める
「はい/いいえ」で終わらない質問(例:「へえ、例えばどんなことがあったの?」)をすることで、相手はさらに自分の気持ちや状況を話すことができます。 - 相手の言葉の背景を理解する
話を聞いているうちに、不満の裏にある本当の気持ちや、良い思い出などが語られることもあります。例えば「夫の金遣いが荒い」という不満も、見方を変えれば「気前が良かった」という長所であったりします。じっくり話を聞くことで、より深い理解に至ることができます。
尊敬と信頼の出発点
親に対して尊敬の念を持つことが、良好な関係の土台となります。
- 「恩返し」の気持ちを持つ
私たちが子育てで苦労するように、親の世代はもっと不便で大変な時代に、私たちを育ててくれました。その苦労に思いを馳せ、「よくぞ育ててくれた」という感謝と尊敬の念を持つことが大切です。 - 「できること」に注目する
年齢と共に「できなくなったこと」を数えるのではなく、長年の経験で培われた知恵や能力など、「できること」に注目し、頼りにすることで、親の自尊心を支え、良い関係を築けます。
認知症への応用
これらの原理は、親が認知症になった場合でも応用できます。病気自体は治せなくても、私たちの接し方次第で、日常生活の様子や症状は変わります。相手の不可解な言動は、実は私たちの対応が引き金になっている可能性もあります。諦めずに、尊敬と信頼に基づいたコミュニケーションを続けることが重要です。
社会と家族のあり方
私たちは、物質的な豊かさや介護保険・バリアフリーといった社会制度を充実させれば幸せになれると考えがちです。しかし、それに頼りすぎることで、かえって人間の本来持っている力や家族の絆が失われている側面もあります。
- 制度への過度な依存からの脱却
本当に大切なのは、制度に任せきりにするのではなく、「自分たちの家族は自分たちで守る」という決意を持つことです。 - 家族で看取ることの価値
病院のベッドの上ではなく、住み慣れた家で、家族に囲まれて最期を迎える。その荘厳な時間を家族で共有することは、何にも代えがたい経験となります。
結論
高齢者との付き合いは、単なるコミュニケーション技術の問題ではありません。それは、「お年寄りと一緒に暮らす」という家族全体のあり方をどう再構築するかという、より大きなテーマです。アドラー心理学の知恵を借りながら、尊敬と協力を基盤とした人間らしい関係を、私たち自身の決意によって築いていくことが求められています。
