「横の関係」とは、人間関係において能力や役割の違いや責任の大小を認めつつ、人間としての価値には優劣をつけず互いに尊敬し、対等な個人として関わっていく心のあり方であり、成熟した協力関係の基盤となるものです。
「横の関係」とは、アドラー心理学における人間関係の理想的なあり方を示す重要な概念です。これはアドラー自身ではなく、彼の弟子であるリディア・ジッシャーによって提唱されました。この概念を深く理解するためには、その対極にある「縦の関係」との比較、そして「平等」と「同等」というよく似た言葉との正確な区別が不可欠です。
まず「縦の関係」とは、心の中に価値観という「はしご」を立てて、その上にのみ他者と自分を位置づけて、人としての優劣を決めようとする心のあり方です。比較の基準は、善悪、良否、美醜など様々です。この関係性では、同じ地位の者の席は一つしかなく、常に他者との競争状態にあります。自分が上に立つためには他者を蹴落としたり、自分が下にいると感じれば相手を罰しようとしたりします。
一方、「横の関係」とは「縦の関係」とは対照的に、他者と自分を捉える際に心の中に価値の「はしご」を立てず、人間としての価値には優劣をつけない関係です。人々がそれぞれ、協力したり、あるいは協力しなかったりしながらも(目標が違う場合など)、それぞれが対等な立場で自分自身の人生を生きていると捉えます。
「横の関係」は、しばしば日常語の他の言葉のイメージと混同されて、誤解されがちです。「横の関係」は、社会や組織の構造がフラットであるべきだ、ということではありません。会社における上司と部下のように、能力や適性に応じて権限と責任が異なる「縦の構造」は、組織が円滑に機能するため必要な役割分担であって、それ自体は問題ではありません。問題なのは、そうした構造上の役割の違いを、人間の価値の優劣と結びつけてしまう、心の中の「縦の関係」です。「上司は人間として偉い、部下は人間として劣っている」と考えるのが「縦の関係」であり、「横の関係」では、役割は違えど人間としては対等だと捉えます。
また「横の関係」は、すべての人が「同等(同じ)」であることを意味しません。これは最も重要な区別点です。個性や能力の違い、男と女、若者と年寄り、親と子といった立場の違いを無視して全く「同等」に扱われると、ひとりひとりにとってはむしろ不公平であり、社会秩序はかえって乱れます。それぞれの役割と責任の違いを認め、尊重し合った上で、皆に発言権があり、意見が汲み上げられる状態が真の「平等」です。
「横の関係」とは、社会的・組織的な役割の違いや責任の大小を認め、互いに尊敬しつつも、人間としての価値に優劣をつけず、対等な個人として関わっていく心のあり方です。それは、無責任に全員が「同じ」であると主張する「同等」の関係ではなく、それぞれの違いと役割を尊重した上で成り立つ、成熟した協力関係の基盤となるものです。
