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カウンセリングと応用
そのような都合のよいものはありません。「コツ」をつかんで上手に毎日を乗り切ろう、という安直な考え方こそが、家族の人間関係を悪くするのです。
「ふーん、アドラー心理学は家庭内では役に立たないんだ・・・」と、思わないでくださいね(笑)。家庭内でアドラー心理学を実践する際の「基本」は、ちゃんとあります。
- まず自分の方から相手を「尊敬」「信頼」すること。
- そうして家族と、「どちらが正しいかを決めようとする競争相手」として暮らすのではなく、家庭内やその他の問題を「どうなったらよいのか」といった目標を考える方向で「力を合わせて解決する仲間」として暮らすこと。
- そのために、自分の陰性感情に気をつけること。陰性感情があるときは、協力ができない状態になっています。
- いつも家族の「よいところ」を見ながら生活をすることは、上の項目を実践するための大きな助けになります。
このような事に気をつけながら実践することで、はじめて、アドラー心理学の育児本などで紹介されている様々な技法が有効に使えるようになります。
たとえば、
- 話の聴き方:
アドラー心理学の実践の第一歩は、相手の話を聴くことです。そのときに、上のようなことに気をつけながら聴きます。何のために相手の話を聴くのかというと、相手の考えを理解した上で、「一緒に問題を解決するため」です。決して、自分の考えを押し通すためや、相手の考えに、自分の価値判断でもってよしあしの判断を下すためではありません。
話の聴き方は、実はこれが上手にできると、それだけで相手にとって大きな勇気づけとなる事があるほどです。また、以下に続く技術を効果的に行うためにも不可欠です。 - 「勇気づけ」:
よく誤解されるのですが、「勇気づけ」というのは単に相手の気分をよくすることではありません。また一定の言葉がけや、特定の決まった行動でもありません。この2点には充分な注意が必要です。詳しくは、「勇気づけ」に関する各項目をご覧ください。 - 課題の分離と共同の課題:
アドラー心理学の育児等の技術として「課題の分離」が有名になっているようですが、実は「課題の分離」は、それだけではアドラー心理学の技術とは言えません。「課題の分離」とは、その後の段階で「共同の課題」をつくるための準備作業にすぎないのです。したがって「共同の課題をつくる」ことの方が、本来、アドラー心理学の実践として重要となります。詳しくは、「課題の分離」についての項目をご覧ください。 - 目標の一致:
課題を解決するにあたって、相手と自分の目標が同じ方向を向いているかどうか確認したり、その方向をすりあわせることを、アドラー心理学では「目標の一致」と呼んでいます。ある課題について、双方の目標が一致していれば、その課題を「共同の課題」として、協力し合って解決することが可能となります。
まず相手の話をよく聴き、そのあとで自分の考えを相手に伝え、お互いの目標が同じ方向を向いているかを確認をします。例えば、子どもが九九を覚えたいと望んでいて、親も子どもが九九を覚えることに賛成の場合などは、目標が一致している、と考えるのです。双方の目標が確認でき一致していると思われたならば、あるいは目標の方向に同意できたり、すりあわせることができたなら、次には、目標に向かって誰がどういう事をしていくかを話し合うことができます。 - 目標が一致できなかった場合(「結末を体験する」):
相手と自分の目標が違う方向を向いていて、どうしても目標の一致ができなかった場合には、無理に一致させようとするのはやめて、しばらくはそれぞれ自分自身の課題に向き合います。
育児に関しては、この段階でやっと使えるのが「結末を体験する」方法です。
- 「結末を体験する」方法:
育児中の親子の場合、親は、育てている子どもにいろいろなことを教えなければなりませんし、子どもは社会に出るまでに、親からいろんな事を学ばなければなりません。アドラー心理学では、親は子育てという貴重な機会に、生活の知識などとともに、社会で大人たちが大切にしている「共通感覚」と、社会で協力しあって暮らすための「共同体感覚」を、子どもに伝えなくてはならないと考えます。
子どもに物事を学んでもらうための方法の一つに、自分の行動の「結末を体験する」というものがあります。これは、使い方に細心の注意が必要な技法です。注意せずに使うと「勇気づけ」にならないどころか、子どもにとって「罰」になってしまい、親子関係を壊してしまうからです。そのため『パセージ』ではこの一部をコースの後半で学び、残りは『パセージ・プラス』で学ぶというように、特に時間をかけ段階を踏んで丁寧に学ぶ項目としています。
野田俊作はここでいう「結末」について、次の3通りに分類しました。
・自然の結末:自然の法則によって起きる結末。
例)雨の日に傘をささずに外へ出ると濡れる。
・社会的結末:法や慣習、伝統などよって起きる結末。
例)どろぼうをすると警察に捕まる。
・論理的結末:論理的に導き出される結末。
子どもが「自然の結末」を実際に体験することで、よく学ぶことのできる事柄は少なくありません。ただし場合によっては、子どもの身に危険がふりかかったり、子どもには結末がふりかからないが他人には迷惑をかけてしまうなど、この方法によって学んでもらうのに不向きな事柄もあります。そうしたケースでは「社会的結末」あるいは「論理的結末」といった技法を用いることができますが、しかし、親や教師がさせたいことを子どもにさせようとしてそれらの技法を使うと、かえって関係は悪くなってしまいます。
たとえば、それらの技法のなかでは親から子どもに行動の選択肢を示して、その結末を体験してもらうことがあります。しかし、選択肢は何でもいいから示せばいいわけではありません。子育てのなかで子どもに伝えるべきことを考えて、「共通感覚であって共同体感覚に沿っているもの」を選択肢として設定する必要があります。また、選択肢と結末の間には社会の共通感覚からの必然、または厳密な論理的関係がなくてはなりません。それらを親や教師の好みや勝手な都合など(私的感覚)で設定すると、それは「結末の体験」ではなく「罰」、しかもかなり厳しい「罰」になってしまうのです。
このように、これらは適用が難しく副作用が極めて大きな技法ですので、使用にあたっては細心の注意が必要となります。
- 「結末を体験する」方法:
以上の技法は、ここでは概略をお伝えすることしかできません。ここから先は、本やネットで見聞きした知識よりも、現実の育児に即した繰り返しの練習こそが大切になるのです。私どもの育児学習コース『パセージ』と『パセージ・プラス』ではここにあげている技法を含め、アドラー心理学による育児を実践的に学ぶことができますので、ぜひ受講をご検討ください。
