アドラー心理学は一種の「精神論」「自己啓発」であり、科学的な根拠に乏しいという批判についてどう考えますか?

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科学的な実証研究の積み重ねという点では、現代の精神医学全般に及ばない面はあっても、膨大な臨床実践の実績と、「共同体感覚」という明確な道徳的指針を持つ「メタ心理学」としての価値は、現代においてますます高まっていると考えられます。

アドラー心理学は、たしかに科学的な実証研究の積み重ねという点では、現代の精神医学全般に及ばないかもしれません。アドラーやフロイト、ユング、ジェームズらが生きた時代の心理学理論は、実験による確認から生み出されたものというより、提唱者の独創を基盤とした、臨床経験から得られた仮説の体系と考えるのが妥当といえるでしょう。その時代には、認知心理学や実験心理学の起源ともいえる行動主義はワトソンらの手によって端緒についたばかりでしたし、現代の科学観の根底をなす、科学というものは反証を経て鍛えられらたものでなくてはならない、とする反証主義でさえ、アドラーの没年になってようやくカール・ポパーが提起したものだからです。

しかしながら、アドラー心理学には幾世代にも及ぶ膨大な臨床実践の積み重ねによって、その真価が確かめられてきた実績があります。またとりわけ重要であるのは、他者と協力し共同体に貢献することを善とみなす「共同体感覚」の育成を、治療の目標として示している点です。つまり治療とは果たしてどのようなことなのか、クライアントとカウンセラーはどのような方向性を目指せばいいのかについて、アドラー心理学は明確なビジョンを提示しています。この点が、社会適応や自己実現、マーケティングや政策実現などに用いられる近年の臨床心理学とは一線を画します。どのようなことにでも使えてしまう「科学的」な心理学の乱用が倫理的な問題を生み出しかねない現代において、アドラー心理学は、人々に人間主義的かつ道徳的な指針を与える「メタ心理学」としての価値を、ますます高めているということができます。

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