幸せな物語

私には88歳になる父がいます。母は今年の初めから施設に入ったため、一人暮らしをしています。私が週末ごとに訪ねると、父はすっきり片付いた居間にシャキッとした格好で座っており、今週はどう過ごしていたかを細かく報告してくれます。「昨日は頑張って掃除機をかけた。たまっている本の処分もやってみた」など、規則正しい生活でやることやれていてなかなか凄いだろう、をアピール気味に話し、あまり弱みは見せません。実際、出来ることはどんどんしてくれるので私も大変助かっています。でも、やっぱり体調の悪い日もあれば、思い通りに物事をこなせないこともあって、「情けないなぁ」とぼやくこともあります。そんな時は父の話を「うん、うん」と相槌をうちながらじっくりと聴いています。そうするとそのうちに「ま、そういうことや。もう帰っていいぞ」と少し気持ちが晴れたような様子をみせてくれます。私はただ聴くだけですが、これが勇気づけになっているんだなと実感します。

先日、父の米寿のお祝いで食事に行きました。兄と私とおまけで私の娘も一緒でした。父はこの日を楽しみにしていてくれて、食事が運ばれる前から大きな声でよくしゃべっていました。お酒も飲んで上機嫌でしゃべる父は同じ話を繰り返しながらますますテンションが上がり、現役時代を思い出しながら「社会人はこうあるべき」と特に私の娘に向かって持論を力説してきます。すると兄が「もう、うるさい、うるさい。それ以上いわなくていい!」と強い口調で制してきます。

(あー、またこんな言い方して・・・)

父が『今どき』にそぐわないような持論を言い出すと、兄はこんな対応をしがちです。言い方がキツイので、私はついつい「そんな風に言わなくても」とか「そっちの声のほうがうるさいって」とか兄に言い返したりしていました。

でも、この日の私は(あ、今、思い込みやってない?)と、まず一呼吸。

それは最近受けたアドラー心理学の講座で、自分の現在の問題を幼い頃の出来事から考えるという演習から、私は思い込みで行動しがちであることに改めて気づかされ、落ち着いて確かめていけば幸せな物語にできると学び、それを意識してのことです。

兄には兄のよい意図があり、父にも良い意図があってのこと。みんな相手のことを思って行動しているんだ、と思い直しました。

で、どうしよう。

ひとまず兄には言い返さず、父には「うん。そういうの(父の主張内容)もあるのかなぁ」と言ってから娘に「どう思う?」とふってみました。娘は笑って「じいちゃんの言ったこと、覚えておくよ」と言い、父も「そうか」と笑顔になり、その話を終えました。

食事を終えて帰りの車の中で父は「あー楽しかった。嬉しいなぁ。ありがとうな。嬉しい、嬉しい」と繰り返していました。こんなに元気な米寿の父を祝うことができたのは私たち兄妹にとっても本当に幸せなことです。

考えてみれば、父はさっきのようにたまに兄に強く言われることがあっても、懲りずにのびのびしているし、兄のことは頼りにしているし、兄もいつも父を思いやっています。2人の関係になんら問題はなく、ただ私が勝手に父の課題に口を出していたんだなと気づきました。

自分自身の物語を点検し、まず自分が変わることで相手との幸せな物語を作り出せるように、実践と学びを続けていきたいと思います。

(AIJエンカレッジ金沢 石川県 Y.A)