ぶら下げる?

私は、昨年の1月にパセージを受講した新米アドレリアンだ。高1、中2、小6の娘たちと生
活している。
パセージに引き続き、自助会に参加しているのだが、お仲間さんたちが、「この問題をぶら下
げながら・・・。」という言葉をよく使われる。
「ぶら下げるって何だろ?」「アドラー用語か?」ひとりでモヤモヤしながら、なんとなく1年
が過ぎた。


さて、私がパセージに出会ったきっかけは、長女の不登校だ。優等生タイプの彼女が、突然、
電池が切れたように日常生活が送れなくなった。無論、突然と思ったのは私だけで、長女はずっ
と悩んでいたのだと思う。
パセージテキスト(16-R)のとおり、私は、毒ガスをまき散らしていた。まずは毒ガスの元栓
を閉めること。すなわち、不適切な行動に注目しないで黙っておくことからパセージの実践を始
めた。パセージを受講していなければ、不登校となった長女に、頼まれもしないのに、あれやこ
れやと対応策を提示していたと思う。しかも、良かれと思って。


課題の分離を学び、学校に行かないのは「長女の課題」、自分の不安や焦りに向き合い、感情
を整え、子供を信じて見守ることが「私の課題」だと教えてもらった。
とはいえ、課題の分離をしてみても、当時会話のない彼女と、目標の一致など図りようもない
。出口の見えない事態にどう対応したらよいのか、答えのない問いに向き合うには大きなエネル
ギーが必要だった。私は、すぐに答えが欲しかった。


最近読んだ本にネガティヴ・ケイパビリティという言葉がでてきた。「モヤモヤ」「消化しき
れなさ」「難しさ」に、適当な説明や理由を与えて満足せず、疑問として抱えられる力とされて
いた。これは、自分勝手な決めつけや、安易なカテゴライズによるバイアスを排除し、他者の話
をしっかり聴き、理解するための大事な能力なのだと私は理解した。


そうか、「ぶら下げる」とは「ネガティヴ・ケイパビリティ」のことだ。お仲間さんたちは、
答えがすぐに出ない難しい問いや、消化しきれなさに適当な説明や理由を与えて自己満足せず「
ぶら下げながら」生活されているのだ。すぐに回答を作り出し、対応(相手の行動を変えさせる
こと)するのが良いことだと思っていた。しかし、それにより、私は多くの勇気くじきをしてい
たのだと思う。


ほとんど中学校に通わなかった長女は、今年の春から全日制の高校に普通に通えている。ひと
安心かと思ったが、引き続き次女が不登校に突入した。そして、そんな姉2人をロールモデルと
する3女も控えている。でも、それでいいじゃないか。そう、自分に言い聞かせるが、時々胸が
締め付けられる陰性感情が身体に現れる。まだまだ、パセージのテキストが手放せない。私も、
すぐには改善しない難しい問いをぶら下げながら、パセージを日々実践していきたい。


千葉県 Y.H.