中国に対する立ち位置

 鎌倉幕府は、昨日書いたように、ある種の「歴史の必然」でもって滅びていった。室町幕府はその教訓を十分に学んだだろうから、1)中国とは関係しないか、あるいは2)ポジティブな関係を持つか、どちらかに決めていたと思う。そう思わないと、室町時代の外交関係が理解できない。外交関係での彼らのやり口は、鎌倉幕府と違って「下から出る」やりかただったし、中国もそれは好ましいと思っていた。そもそも鎌倉時代に元が日本に対して「上から出る」やり方でせまったのは、中国の歴史としてはきわめて変ったできごとだ。別の言葉で言うと、鎌倉幕府は、きわめて運悪く、「上から出る」元に出くわしてしまったわけだ。

 室町幕府の成立は建武3年(1336年)ごろにとるのが普通だが、明国の成立は1368年なので、30年ほどの期間がある。この期間は日本も大変だったが、明も建国で大変だったので、明から日本に対して積極的に外交を求める動きはなかったんじゃないかな。両国の交易がはっきりするのは、応永8年(1401年)に遣明使を派遣したことにはじまるらしい。これから天文18年(1549年)にいたるまで何回も遣明使が派遣されて貿易をしている。中国の王朝との取り引きはいつでもそうだが、日本側にとっては巨万の富を生み出す黒字貿易だった。

 この時代に明から輸入されたものたちは、そんなに目立つ品々ではない。しかし、きわめて値のはるものたちであったらしい。室町幕府は、そういう品々を輸入することで、明に対して優位な立場を維持したんじゃないかな。もっともこれは室町時代だけのことではなく、中国と貿易する場合にはいつの時代にも考えられたことだ。日本との関係で言うと、隋と唐に関してもそうだし、宋に関してもそうだし、明に関してもそうだ。ただ、元と現代の中華人民共和国だけが例外的に搾取的だと考えるのがいいのだと思う。

 いまわれわれは中国と複雑な関係にある。主な原因は、中華人民共和国政府が。自国優位の世界像を経済的例外措置と結びつけつつ強要することだ。ここ最近の国際情勢を見ると、「中国抜き」でやってみてはどうかと、アメリカも思い日本も思い始めている。もちろん不便もあるだろうけれど、10年とか15年とかの期間を中国抜きでやってみるのも、悪いアイデアではないかもしれない。