脱中国

 親類がいなくなって夫婦だけになった。妻は瞑想会関係のことで海外とやりとりがあって忙しいが、私は特になにも用事がないので、のんびりと暮らしている。むかしはこういう状態にある種の罪悪感を覚えて、自分にできる仕事を見つけだしては、半分は相手に貢献し、半分は相手に迷惑をかけて暮らしていた。昨年に病気をしてからは、必要以上に人の仕事に加担することはやめた。お陰で(と思うが)叱られなくなっているので、まあこれでいいんだろう。

 人間はいつも複雑な歴史の流れの中を生きている。そう思わない人もいるだろうけれど、思うと思わざるとにかかわらず、どんな人も複雑な流れの中に自分の位置を持っていて、自分のあり方によってその反動をくらって、歴史から影響を受けながら生きている。たとえばいま気にしているのは中国の動きで、日本国民ひとりひとりの生活が中国政府や中国人の影響を受けながら決まっている。まあ、決まっているといっても、なにもかも決められているわけでもなくて、中国人以外の外国人の影響もあろうし、日本人の影響もあろうし、その他さまざまの要因に影響を受けてはいるんだろうけれど、比率でいえば、中国ないし中国人が日本に与える影響は、ここ数十年の間に飛躍的に大きくなったと思っている。

 大きくなった結果、日本人の暮らしは楽になったか苦しくなったかというと、楽になった部分もあり苦しくなった部分もあろうが、全体としては苦しくなってきているのではあるまいか。私は脳の働きが理系的なので、いつでも理系的にものを見るのだけれど、最近の日本の国政は、どうも理系的な因果性を無視したところでしか説明できないように思う。つまり、日本国憲法なりそれにもとづく法律なりだけで日本国の運営をまかなおうとすると、どうしたって無理な現象が生じる。たとえば国土防衛だってそうだし、食糧貿易だってそうだし、その他ありとあらゆるものが、多かれ少なかれ、中国のあり方に影響を受けている。その「影響」が、多くの場合は国民の迷惑の増大であり利益の減少ではあるまいかと、私などは疑っているわけだ。

 ということは、中国への依存をもっと減らした方が、われわれ日本人の暮らしは楽になりそうな気がする。「中国への依存を減らす」というのは、言うのは簡単だけれど、実行するのは難しい。現実には政府が本気でそう思わないと実現できない。レベルはそこまで深いと思う。しかし、こんな大きな決心を今の政府はできるんだろうか。