アドラー食

 アドラー心理学関係の人が2人お見えになった。行きづまった話があるわけではないが、「アドラー萌え」しておきたいのだろう。私のサービスとしては「マーラーカオ」を作った。気力をとりもどすためには、なにはともあれ「アドラー食」を充実させることだ。マーラーカオは中華風の蒸し菓子だが、軽やかでしかも食べ応えがある。

 アドラー心理学を学んでもう30年以上になる。その間に食べたものを「アドラー食」といっているのだが、特別に特徴があるわけではない。私の暮らしのなかにアドラー心理学が色濃くしみ出しているときの食事が「アドラー食」に割り当てられるわけだ。といっても「変った」食事を意味しているわけではなくて。ある傾向の食べ物をを意味している。「具体的にはどういうことなんだ」と言われると、ちょっと言いにくいのだが。

 今夜も続きで「アドラー食」だった。ただし、私の担当ではない。イベリコ豚の薄切りと、筍の茹でものが主菜だ。普段の食事とはメニューが違っている。お客さん2人がいてくださったので、たっぷり食べていただいて、感謝のうちに一日が終わった。たまにこういう食事もいいでしょ。