自助会のチカラ

先日、2 ヵ月半ぶりにパセージプラスの自助会があり、小学 2 年生の娘と私の事例を取
り扱っていただきました。

月曜日は夕方●●教室があり夕食が遅くなるため、いつも宿題や明日の準備は●●教室
に行く前に済ませています。その週の月曜日、私は夕飯の後の歯磨きのタイミングで明日
の準備ができていないことに気づき、
母:明日の準備まだなんか~!はよしてお風呂に入ろー!
娘:今日音読もまだできとらんから音読聞いて!
母:えっなんでなん?時間なかったん?
娘:・・・・・・
祖母:(横から)今日は●●君と遊びに行っとったんやんね。ピアノの練習もできてなく
て、でも夜帰ってきてからやるって言ってたんやんね。
娘:・・・・・・
母:●●君が誘いに来たから、宿題終わってないけど遊びに行ったっていうことか?
娘:うん
母:とりあえず音読をしよう
そしてこの後、しれっとお風呂の準備を始める娘に「ピアノするんちゃうん?自分で決め
たんやろ?」と私が追い打ちをかける、というエピソードでした。

この事例を皆でエピソード分析しました。
「今日音読もできとらんから音読聞いて!」というライフタスクに対し、怒りの陰性感
情を持って「えっなんでなん?時間なかったん?」という対処行動を取った私。仮想的目
標は「●●君が誘いにきてくれて、友達も大切にしたいから遊びに行ったんや。だけどこ
の後音読もピアノもちゃんとやるよ!」という競合的なものでした。そしてその背景には、
「したいことよりしなければならないことを優先すべきだ」という私的感覚があることが
わかりました。宿題も明日の準備もできていないという結果を見て、「しなければならな
いことができていない!私の大切にしていることが蔑ろにされている!」と感じたのです。

私の競合的な仮想的目標とそれに紐づく対処行動を協力的に変えるにはどうしたら良い
か?その検討材料として、娘のストレングス、母のストレングスを皆さんに出していただ
きました。たくさん出していただいた娘のストレングスの中に、「やるべきことを分かっ
ている」「母の大切にしていることを知っている」というものがありました。実はこのス
トレングスは、これまで取り扱っていただいた娘とのエピソードのほとんどで、娘のスト
レングスとして出していただいているものでした。

また、普段の私たちの様子をお話する中で、私の私的感覚も「できるなら、しなければ
ならないことだけではなくて、したいこともしてほしい。」という前提があった上で、「両
方することが難しい状況なら、したいことよりしなければならないことを優先すべきだ」
という私的感覚であることがわかりました。

娘は私の大切にしたいことをちゃんと理解してくれていること、娘の行動や私とのやり
取りの中にも娘の適切な側面がたくさんあったことに気づき、「よし!娘のことをもっと
信じよう!」と前向きな気持ちになれました。

そんな気持ちをぶらさげながら過ごし、一週間ほどたったある日、休暇を取り、久し振
りに娘の学校からの帰宅を家で迎えました。「お母さん!今日は●●君ちに早く遊びに行
きたいんやん。だって●●ちゃんも今日は学童じゃないし、●●君も来れるかもしれない
から、みんなで遊べそう!だから早く宿題もピアノもして遊びに行くね!」と短時間で宿
題等を終わらせ、駆け出していきました。私のほうは、宿題の見直しをしていないので
は?明日の準備ができていないのでは?といった点にも反応することなく、「娘なりにす
べきことを理解して自分で段取りを考えているから大丈夫!」と自然に思えて、「いって
らっしゃ~い!」と気持ちよく送り出すことができました。

パセージプラスのテキスト23-Rに、「アドラー心理学はお稽古事です。」と書かれています
が、本当にその通りだなと納得します。「無意識的上手」の域にはまだまだ程遠いですが、
そこを目指してゆっくりとでも歩みを進められている気がするのは、自助会のおかげだな
~とも。定期的に自助会に参加することで、忘れていることを思い出せたり、新たな発見
をしたり、何か一つでも学びのエッセンスを普段の生活に活かせたり・・・そして何より、
上達の究極のコツとして書かれている「楽しむこと」を実践できています。学びの継続に
協力的な家族と自助会の皆さん!いつもありがとうございます。

海の京都アドラー(京都府) S.S.