アドラー心理学は、強い生理的ストレスや長期的なストレスが脳に生理学的変化を与えるといった科学的な知見を否定してはいません。また、過去に経験した出来事が現在の個人の思考、感情、行動に影響を与えることも、否定していません。なお、ある出来事がきっかけとなって緊急的あるいは強度の心理的危機状態にある場合は、まずは精神科医や危機介入を専門とする心理職の介入が優先されるべきと考えます。
アドラー心理学が否定するのは「トラウマ」に関する原因論的な見解であって、過去の出来事が現在の個人の思考・感情・行動に与える影響を完全に否定するものではありません。強い生理的ストレスが脳の生理学的変化やトラウマ記憶の特殊な処理への影響を招き、症状を残す可能性は認めています。そもそもPTSDに関する論文を世界に先駆けて1943年の時点で示したのは、他ならぬアルフレッド・アドラーの娘、アレクサンドラ・アドラーです。(Adler, Alexandra: Neuropsychiatric Complications in the Victims of the Boston Coconut Grove Disaster, J.A.M.A 123:1098-1101 (Dec.25)1943.)
また、アドラー心理学では個人は現在用いているライフスタイルを、おおむね子ども時代に選び取る(形成する)と考えます。ですからライフスタイル形成期における環境や経験は、間接的には、現在の個人の嗜好や感情・行動にも影響を与え続けているということができます。そうした過去の出来事(経験)をどのように活かすかを、現在の自分自身が主体的に決断し、ライフスタイルの示す「人生目標(優越目標)」達成のためにそれらを主体的に使用していると捉えるのがアドラー心理学の立場です。
なお、ある出来事をきっかけとして緊急的あるいは強度の心理的危機状態が見られる場合は、その時点ではアドラー心理学による心理療法の適応範囲にはありません。その場合は精神科医や危機介入を専門とする心理師の方の介入が優先と考えます。
