アドラー心理学は、「冷たい」と誤解されることもありますが、それは、ドロドロした関係を「涼しく」する、人間愛に溢れた温かい哲学だからだと思われます。
まず原則的な話として、いかなる学問であれ、誤用や悪用には危険が伴います。誤った仕方で用いられれば、当然ながら何らかの危害が生じます。しかし、それはその学問の罪ではありません。主な責任は、学問の使い方を間違えた人間にあると思います。
アドラー心理学の実践においても同様です。たとえば本から得た表面的な知識だけで他者の意図を無遠慮に決めつける、「課題の分離」と称して他者に協力せず責任ばかりを求める、恣意的な解釈で理論を振りかざして自分の行動を正当化しながら他者の行動は批判する、専門家向けの心理技法を誤用して他者を心理的に追い詰める、といったふるまいをすれば、当然ですが相手や周囲の人からは「冷たい人」「理屈っぽい人」、さらには「協調性に欠ける人」「支配的で乱暴な人」などと思われるでしょう。またそれらの行為で他者に強い苦痛を与え、暮らしに支障をきたすような深刻な結末が生じれば、ハラスメントやネグレクトとして行為の責任を厳しく問われるはずです。ですから誤用や悪用が起こらないように、是非アドラー心理学を正しく理解し実践していただきたいと思うのです。
日本人は西洋人に比べて情緒的な側面が強く、「言わなくてもわかり合える」非言語的な人間関係に馴染んで暮らしています。そのため、アドラー心理学にはじめて触れる人は、少し理屈っぽいなと感じることがあるかもしれません。しかしアドラー心理学は、徹底的に論理的であると共に、人間愛に溢れたとてもあたたかな哲学です。野田俊作はよく、「アドラー心理学は『冷たい』んじゃなくて、『涼しい』んだ」と言っていました。土着的な暑苦しい人間関係をもう少し風通し良くしたものが、アドラー心理学に基づく人間関係といえるでしょう。
