「私的感覚」とは、出来事に対して「良い(プラス)」「悪い(マイナス)」を瞬時に判断する個人独自の無意識的な価値判断であり、これが個々のエピソードにおける表層的な反応(私的論理)を生み出すのに対し、「ライフスタイル」は、複数のエピソードに共通するその人固有の「私的感覚(=私的意味づけ)」の背後にある、パーソナリティ全体を貫く根源的な思考・行動パターン(深層構造)を指します。
「私的感覚(Private Sense)」とは、個人が持つ独自の「こうあるべきだ」「こうなったら素晴らしい」という感覚に基づく、多くの場合無意識に行われる「価値判断」のことです。これは、ある出来事や状況に直面した際に、「何が良いこと(プラス)で、何が悪いこと(マイナス)か」を瞬時に判断する、個人の行動の背後にある「黒幕」のようなものです。
この感覚は、具体的な出来事の中で次のように機能します。
- ある出来事が起こると、人は無意識に自分の「私的感覚」に照らし合わせます。
- その出来事が理想から外れている(マイナス面)と判断されると、「劣等感」が生じます。これは「他人より劣っている」という意味ではなく、「自分の理想と現実とのギャップ」を指す感覚です。
- この劣等感は具体的には、不安、怒り、後悔などといった「陰性感情」として感じられます。
- そして、その理想と違う状況を解決し、理想の状態(プラス面)に近づけようとする「対処行動」が引き起こされます。
そのため、ある人の「私的感覚」を理解するためには、まず具体的な「エピソード(一回限りの出来事)」の分析から始めます。そのエピソードにおいて陰性感情が最も強いところや、あるいはエピソードの中で初めて陰性感情が出たところ、続いていた陰性感情が急に強まったところなど、「そのエピソードが一番ドラマティックに展開をみせたところ」を起点に、以下の3つの要素を分析します。
- ライフタスク (Lifetask / LT):
その「対処行動」を取らなければならなかった問題状況のこと。私的感覚のマイナス面に触れた出来事。この状況にある時、人は「劣等感」(理想と現実のギャップ)を感じます。具体的には陰性感情(不安、怒り、後悔など)として感じられます。 - 対処行動 (Coping Behavior / CB):
問題を解決するために、その人が具体的に取った行動のこと。 - 仮想的目標 (Fictional Goal / FG):
その「対処行動」の先に期待している理想的な解決イメージのこと。私的感覚のプラス面が現れたもの。その人が「こうなれば素晴らしい」と考える、キラキラした理想のイメージ。
これら3つの要素は、「私的感覚」という一つの価値判断から生まれ、「私的感覚」によってお互いに結びついています。つまり「私的感覚」とは、その個人固有の「およそ人たるもの(=自分も相手も)~であるべきだ」といった感覚に基づく、「【仮想的目標】はプラスであり、【ライフタスク】はマイナスであり、【対処行動】がマイナスからプラスに進むための手段である」という、プラスとマイナスの両側面を持つ価値判断の体系ということができます。
そして、私的感覚から生まれる「仮想的目標」は、以下の2種類に分けられます。
- 競合的な目標:
相手と自分を比べ、優劣や善悪などを決めようとする目標。これは相手を「劣っている」「間違っている」と裁くことになるため、対立を生みやすくなります。 - 協力的な目標:
相手と共通の目的に向かって協力しようとする目標。
人間関係のトラブルは、多くの場合、私的感覚に照らして設定する目標のうち「競合的な目標」に向かって行動を起こそうとすることから生じます。その場合、解決のためには、目標をより「協力的なもの」へと作り直す必要があります。
次に「私的感覚」と「ライフスタイル」の関係ですが、「ライフスタイル」とは、個人の人生を貫く、より根源的な思考・行動パターンのことです。アドラー心理学ではある個人が出来事に出会った際に持つ、「この出来事は私的感覚に照らすと『ライフタスク』だ。私的感覚が示す『仮想的目標』を実現するために、これこれの『対処行動』をしよう」といったような考え方の流れを「私的論理」と呼んでいますが、これが個別のエピソードにおける表層的な反応パターン(表層構造)だとすれば、「ライフスタイル」はその背後にある深層構造といえます。また、ある個人の複数のエピソードで共通して働いている「私的感覚」を「私的意味づけ」と呼びますが、その「私的意味づけ」を参照して、様々なエピソードで共通して動いている「私は~~だ。私は○○でなければならない。だから私はこれこれの行動をしよう。」というその人独特の論理を「ライフスタイル」と呼びます。
| レベル | 価値判断の体系 | 考え方の流れ |
|---|---|---|
| 表層(個別のエピソード) | 私的感覚 (Private Sense) | 私的論理 (Private Logic) |
| 深層(パーソナリティ全体) | 私的意味づけ (Private meaning) | ライフスタイル (Lifestyle) |
「私的感覚」と「ライフスタイル」は以上のような関係にあります。
なお、ライフスタイルを分析する上で有用な素材となるのが、「早期回想(子ども時代のエピソード)」です。早期回想を分析する主な理由は以下の2つです。
- 現在のエピソードと、時間的に遠く離れた子ども時代の思い出に共通のパターン(私的感覚、私的論理)が見つかれば、それは一時的なものではなく、その人の人生全体を貫く「ライフスタイル」である可能性が高まります。
- 人がわざわざ記憶し続けている数少ない子ども時代の思い出には、「この世とはこういうものだ」「自分はこういう人間だ」といった、自分自身、他者、世界に対するその人の根本的な意味づけ(「私的意味づけ」)や、「このようにしたらうまくいった」「こうすると失敗する」など、その人が、優越目標(優越の位置の私的意味づけ)を達成するための手段や教訓がよりシンプルに表されていると考えられます。
早期回想の分析方法は、さまざまです。現在のエピソードの分析と同じようにする事もありますが、通常はいくつかの早期回想を素材にして、セラピストとクライエントが対話を通じて、それらの早期回想に共通する「構造」つまり「劣等の位置の私的意味づけ」「優越目標(=優越の位置の私的意味づけ」、「優越目標を達成するために採っている手段」を言語化していきます。「私的意味づけ」と「優越目標を達成する手段」の両方でもって「ライフスタイル」を表します。
「私的意味づけ」は価値観なので、変えることはむずかしいものです。アドラー心理学の心理療法(ライフスタイル分析)では、クライエントの「私的意味づけ」を変えるのではなく、優越目標を達成するための手段について、子ども時代に選択したものよりもより共同体に貢献的なものが選択できるよう勇気づけます。また、時には自分の優越目標を達成すること、つまり「私(だけ)が幸せになること」を、ほんの少しだけ棚上げにして、「みんなが幸せになるために私にできること」を実行できるよう勇気づけます。
野田は、「普通に社会生活を送っている人は、ライフスタイルを変化させるためにわざわざライフスタイル分析を受ける必要はない」と述べました。ではどうすればいいかというと、「エピソード分析」をして、次の3つのステップを繰り返す事で、ライフスタイルは自然に変化する、ということです。
- 理解 (Understand):
エピソード分析を通じて、自分の「私的感覚」や「私的論理」のパターンを言葉にし、「私はいつもこうやって失敗しているな」と理解する。 - 行動 (Act):
理解に基づいて、より協力的な目標や、より適切な対処行動を意識的に試してみる。 - 成功 (Succeed):
新しい行動によって、実際に関係がうまくいくという成功体験を積む。
この「理解→行動→成功」のサイクルが学習となって働き、個々の「私的感覚」がより協力的なものに変化することで、最終的には「ライフスタイル」そのものがより協力的な方向へ変化していくと考えられます。
ただし、これは自分ひとりで行えることではなく、周囲の協力と本人の努力があわさって、初めて可能となるものです。つまり、これは個人の成長過程であるとともに、個人が共同体に参加し、周囲と相互に貢献しあっていく過程でもあるのです。
