「私的論理」と「共通感覚」の違いは何ですか?

Category: 主要概念

「私的論理」が個人の独自の価値観(私的感覚)に基づく主観的な思考の筋道であるのに対し、「共通感覚」は社会や共同体で共有される、いわゆる常識という価値観(私的感覚と対応するもの)を指します。

「私的論理」とは、個人が独自の価値観、思い込みに基づいて、自分自身や世界、他者について認識し、さらに相対的マイナスから相対的プラスへ向かって行動を選ぶ際の、その考え方の筋道(論理)のことです。人は私的論理の大前提となっている、その個人特有の価値観つまり私的感覚から、「わるい」状況と判断されるライフタスクを劣等感をともないながら認識するとともに、それに対する「よい」状態といえる仮想的目標を導き出して、この目標を達成するための対処行動を選択決定します。以上の過程での思考の筋道を、「私的論理」と呼びます。多くの場合、私的論理による結論は個人的には「正しい」判断だと思われていますが、必ずしも客観的・普遍的な妥当性を持つわけではありません。

一方、「共通感覚(コモン・センス)」とは、ある社会や共同体の中で広く共有されている考え方や価値観、つまり、いわゆる常識を指し、個人特有の価値観を指す「私的感覚」と対応関係にあります。私的感覚が共通感覚から大きく逸脱している場合、対人関係の困難や不適応が生じやすいと考えられますが、ただし共通感覚もまた、共同体内で多数説であるからといって、必ずしも正しいとは限りません。歴史にみられるように、共同体全体が誤った考えにとらわれていることもあるのです。そこでアドラー心理学では、「共通感覚」は人々の暮らしの中でたえず再検討されなければならないと考えており、より大きな共同体にも有益かどうかを問う「共同体感覚」をより重視します。そして「共通感覚」であって「共同体感覚」にも沿うものを、子どもたちに伝えていくべきだと考えています。

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