アドラー心理学は、他者との優劣を競うのではなく、個々の違いを認めながらも、人としての価値は平等(equal)であるという立場に立ちます。他者との比較から自己の成長と人々への貢献へと視点を移し、寛容さと建設的な対話を育むその姿勢は、現代の生きづらさを乗り越える示唆を与えます。
アドラー心理学は、現代の生きづらさに対するアンチテーゼであるとともに、建設的な生き方への処方箋でもあります。
まず、アドラー心理学でいう「平等(equal)」とは、「誰もが同じ(same)」であることではありません。そうではなくて、「それぞれの違い」を認めながらも、「人としての価値は平等(equal)」と考えるのが、アドラー心理学のいう「平等」です。体格や能力、文化、価値観などがひとりひとり違うのは当たり前であり、それらによって、人としての価値が決まるわけではありません。こうした考え方に基づくことで私たちは、「人と同じでなければならない」「人より優れていなければならない」という思い込みを捨てることができます。なおこれはお互いの違いのみを強調して、ひとりひとりを引き離し、孤立させようとするものではありません。異なる能力、体格、価値観などを持つ者同士が共存し協力しあうためにこそ、私たちはお互いを対等な人間として尊敬し理解しようとするのです。
またアドラー心理学は、自分と違う意見や価値観に出会ったとき、直ちにそれを「間違い」だと決めつけるのではなく、「そういう考え方もある」と受け入れる寛容な姿勢を育みます。これは、人間関係の摩擦を減らし、建設的な対話を可能にします。ただしこの寛容は、他者への寛容を認めない姿勢や考え方までを認めるものではありません。アドラー心理学は「不寛容」に対しては「不寛容」なのです。これは昨今の虚無主義的な風潮と、アドラー心理学を明確に分かつ点ともいえるでしょう。
そしてアドラー心理学では、たとえ競合的な社会のなかであっても、他者との比較や争いに明け暮れるのではなく、仲間同士のお互いの成長や、人々が暮らす社会への貢献を大切に考えます。これは努力を否定するものではなく、破壊的な競争ではない、社会に対して建設的な貢献の道を、それぞれが見つけることを意味するのです。これらは、現実離れした理想論だと批判されるかもしれません。しかし、現実(ザイン sein)だけを見ていては社会は良くなりません。アドラーのように、人間が協力し、調和して生きるという理想(ゾルレン sollen)を掲げ続けることが、より良い未来を創造する原動力になるのです。
