他者を「仲間」だと見なすことが難しいと感じる人に対して、どのようなアプローチがありますか?

Category: 対人関係について

どんな場合でも相手を援助しようとするならば、まず接する人自身がその相手の「仲間」になることから始めなくてはなりません。相手を尊敬・信頼し、協力して目標の一致を丁寧にとる「治療的人間関係(相談的人間関係)」を築くことが援助への糸口となります。なお、事情次第では医療機関への相談が必要です。

相手の方は、他者を「仲間」だと見なすことが難しい」と、自ら質問者に仰ったのでしょうか。それともその方について質問者がそのように感じている、ということなのでしょうか。

もし前者ならば、他者を「仲間」と見なせない、というのが具体的などんな行動を指しているのか分からないにせよ、アドラー心理学的に考えれば、その行動も所属のためのひとつの方法なのです。その方はもしかしたら「不適切な行動でもって注目・関心を引こう」としているのかもしれませんし、他の人と「権力争い」になっているのかもしれませんし、他者に対して「復讐する」あるいは「無能力を誇示する」段階まで進んでおられるのかもしれません。それとも、単に一人で行動するのが好きなだけかもしれませんし、特定の相手を仲間と見なせないだけなのかもしれません。いずれにせよ、質問者がその方を援助しようとするならば、現在のそうした行動は、今できる精一杯の適応努力なのだと思い、その方本人を尊敬・信頼して、仲間になることから始めなければなりません。

ただし、他者とのこじれたコミュニケーションが、「復讐」や「無能力の誇示」の段階にある場合は、残念ながら相手と接している当事者は援助する力を失っている場合がほとんどですので、専門的なトレーニングを積んだカウンセラーのような第三者の助けが必要です。また、その方の困難さの状況によっては、医療機関への相談が必要となります。しかしそれらの専門家への相談にしても、その方自身の意思を無視して勝手に進めることはできません。その意味でも、まずは、接している人自身がその方の「仲間」になることから始めなくてはならないのです。

また、このお話が後者ならば、ご注意いただかねばならない点があります。その方について、「この人は他者を「仲間」と見なすことが難しいと感じているのだな」と判断することそのものが、その方との関係樹立を妨げている可能性があるからです。そのような判断は、「この人は他者を「仲間」と見なせていないから、他者との関係がうまく築けないのだ」という独断によるものかもしれないのです。もし、そのように考えて相手を裁いているとすれば、相手は間違っており私は正しい、という縦の関係に陥って、援助する力を失ってしまいます。

質問者とその方がどのような関係であれ、質問者が相手を援助したいと考えているならば、まず、その方との間に治療的人間関係(相談的人間関係)がなければなりません。アドラー心理学では援助を可能とする良い人間関係のことを「治療的人間関係(相談的人間関係)」と呼び、その条件をまとめています。

まず援助する側が、相手のことを心から仲間だと思い、その相手が懸命に生きている一人の人であると尊敬し、その人自身で解決する力を持っていると信頼し、一緒に課題を乗りこえるために協力し、具体的に何を目指してどうやって行くのか目標の一致を丁寧にとりながら接するところから始めなくてはなりません。そのような関係を築くためには、相手の興味がある話題などについて話を聴いてみるのもよい方法でしょう。相手から見て、この人なら話してもいいな、話を聴いてもらえそうだな、思ってもらえる関係を築くことが、援助への糸口にもなるのです。

職業的な立場で相談を受ける場合でも、そうではなく親子や友人のような関係だとしても、相談しようとする人が率直に自分の困難について語り、アドバイスを得て困難を解決しようとしている場合に限り、援助が可能となるものです。そのためには相談を受ける側は相談しようとする人にとって、心から信頼できる仲間でなくてはならないのです。