「横の関係」なのに、なぜ指導者から直接指導を受ける制度があるのですか?

Category: その他の疑問

アドラー心理学でいう「横の関係」とは人間としての価値の平等を指し、教える側と学ぶ側の役割の違いや、専門技術を安全に継承するための直接指導を否定するものではありません。直接指導においてはアドラー心理学を正しく学び、正しく用い、正しく伝え、今後の相談者や受講者の安全を守る、という責任を指導者と受講者の双方が了承し、そうした「目標の一致」を伴った「横の関係」のなかで育成を行っています。

アドラー心理学は単なる知識の体系ではなく、人間理解の「哲学(思想)」であり、同時に人々の生や心の問題に関わる「実践的な臨床技術」でもあります。そのため、他者に伝えたり援助を行ったりする有資格者には、テキストの独学だけでは身につかない深い学びと、熟練した指導者のもとで直接指導を受ける研修プロセスが不可欠となります。

アドラー心理学の用語自体は平易な言葉で語られることが多いため、本を読んだだけであたかも理解できたように思えてしまうことがあるかもしれません。しかし、実際に目の前の人を援助する実学として使いこなすには、背景にある膨大な理論と実践知を正確に身につける必要があります。また、共同体感覚や人間の価値は対等かつ平等であるとする「思想」は、文字情報だけで伝え、それを暗記するだけで他者に伝わるようなものではありません。それを自分自身の態度や生き方として体現できるようになるためには、すでにその思想を生き、それを体現している指導者や先輩たちとの対話や議論を通じて、自らの理解の偏りや枠組み(ライフスタイル)を絶えず問い直す作業が欠かせません。

さらに、カウンセリングや心理療法など「治療・臨床」の領域で用いられる技術は、使い方を誤れば相手を傷つけたり、善意から相手を支配してしまったりする危うさを常に伴います。野田俊作も生前、カウンセリングやリーダーシップを「マニュアル化できる単なる知識」ではなく、伝統芸能や職人の技にも通じる「芸(アート)」や「暗黙知」を含むものとして語っていました。相手の発言の背景にある目的を見立てる際の洞察、相手を勇気づける適切な関わり方といったものは、どれほど優れたテキストであっても文字に書き尽くすことはできません。大学の専門教育でゼミナールでの個別指導が不可欠であり、医療現場で医師が指導医のもとで実地研修(レジデント制度など)を経て技術を継承していくのと同様に、アドラー心理学においても、安全性を担保しながらマニュアルに収まらない生きた技術を手渡していくためには、指導者の振る舞いを間近で見て、自らの実践を点検してもらう直接指導(スーパービジョン)の過程がどうしても必要になります。

以上は、専門技術や思想を安全かつ確実に継承するための常識的な一般論です。ここからはさらに踏み込んで、アドラー心理学の立場からの「そもそも論」として、指導者と学習者(師と弟子)の関係性について考えてみます。この関係性を理解する鍵は、学習者がアドラー心理学の「消費者(自分のために学ぶ段階)」に留まるかそれとも「供給側(他者に伝え、援助する有資格者)」を目指しているか、つまり学習者側の目標と、指導者側の目標がどこで一致しているかと、その両者の関係がアドラー心理学でいう「横の関係」であることにあります。

まず、基礎講座や『パセージ』などの入門コースは誰でも参加できます。ここでは、参加者の「アドラー心理学や『パセージ』を学んでみたい」という目標と、講師の「学びたい人に伝えたい」という目標が合致し、あらかじめ両者の間で「目標の一致」ができています。講師と参加者は、伝える方と学ぶ方という役割が違うだけであって、どちらかが上といった「縦の関係」ではなく、人間としての価値は平等な「横の関係」にあります。

では、学習者がパセージリーダーやカウンセラーといった「供給側」を目指す段階ではどうでしょうか。養成講座においても、「必要な知識や技術を学びたい」という受講者と、「それらを伝えたい」という講師の間で、基本的な目標の一致はできています。ただし、この段階では、将来その人から学ぶ受講者や相談者が誤用によって傷つく危険をできるかぎり避けるため、「人に伝えられるだけきちんとアドラー心理学を理解し、自分で使うことで実生活上で効果を感じており、そうであるが故に自己流でない正しいアドラー心理学を人にも伝えたいと志を持っている人に有資格者になってほしい」という希望が指導者側に加わります。そのため、受講希望者が現時点で供給側になるに適しているかどうかの見定めが必要になります。

こうした適格性の見定めを行う点だけを切り取って、「師が弟子を選ぶ」といったような、権威主義的な制度があるかのように思われるかもしれません。確かに、実際に師が弟子を選ぶこともあります。しかしそれは、「師」には「師」の立場ゆえの責任があり、その責任を果たすために見定めを行うからです。少なくともAIJの講座では、受講希望者のほうもそのことを承知の上で受講を希望するため、この「師の責任による見定め」という点についても、師と弟子の間でやはり目標の一致が取れています。そうした合意のうえで適格性を判断するのであるから、これは権威主義的な上下関係などではなく、むしろ「横の関係」に基づいてこその話なのです。

なお、指導者が「現時点ではまだカウンセラーやリーダーには向いていないのではないか」と感じる方から受講希望があったとしても、アドラー心理学をより深く学びたい、とか、供給者側になるための勉強をしたい、という意志自体は素晴らしいものですから、その時点では「受講希望」として受け取ります。そのうえで、「受講までにもう少し勉強や実践を続けていただきたい」と伝えて現時点では受講不可とし、その方の様子を年の単位で見守ります。何年か見守った後で講座を受けていただき、それでも本当に不向きだと判断した場合には、その時にその旨をお伝えすることになります。野田俊作も生前、そのようにしていました。

このように、自分のために学ぶ段階であっても、有資格者を目指す段階であっても、指導者と受講者の間で常に「目標の一致」ができていること、そしてお互いに人間としての価値が平等な「横の関係」にあることが必要なことは一貫して変わりません。相談者や受講者の安全を守り、自分が学んだアドラー心理学を正しく伝えていくという供給側の責任を師弟の双方が了承しているからこそ、AIJではこうした直接指導による丁寧な見守りと育成のプロセスを大切にしています。

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