病気や死別、自然災害は、恐怖や身体的苦痛など生理的な苦しみとして体験されますが、その一方で、それらをどのように受け止め、どう意味づけ、そこから周囲とどう関わるかという、対人関係の文脈の中でも体験されます。アドラー心理学で解決できるのは、その対人関係上での「悩み」です。
「全ての悩みは対人関係の悩みである」とは実はアドラー自身の言葉ではないのですが、アドラーは人間が人生で直面する様々な課題について、仕事のタスク・交友のタスク・愛のタスクに分けて考えることで、多くの問題が解決できると考えました。
ただし、ここで留意しておきたいのは、ご指摘の病気や事故、災害等に遭遇した際の身体的苦痛や、それに伴う恐怖や不安そのものは、あくまで「生理的なもの」であるという点です。
アドラー心理学が対人関係上の問題だとするのは、出来事自体やそこから生じる生理的苦痛に対する本人の主観的な意味づけ、さらには起こった状況に対する周囲の反応や副次的に起こる問題に対する「悩み」です(主観的といっても、脳機能への影響から直接生じる抑うつ気分や、幻覚・せん妄・妄想等に伴う切迫感や恐怖感などについては生理的苦痛に属すると考えられます)。
たとえば、病気になったとしても、それを本人がどう受け止め、どう意味づけ、周囲とどう関わるかによって、体験の意味が変わります。つまり病気は、生理的なものとしてだけでなく、対人関係上の「悩み」、すなわち仕事のタスクや交友のタスク、愛のタスクとしても体験されるのです。また、いずれ誰にも訪れる自分自身の死にしても、それに先立つ生理的な痛みや苦しみとしてだけではなく、死に伴って避けられない他者との別離の辛さや悲しみとしても体験されます。アドラー心理学で解決できるのは、そうした対人関係上の悩みです。もっとも、対人関係上の問題が解決することで、結果的に生理的な苦痛が和らぐことも十分にあり得ます。
人間は対人関係に深く組み込まれた存在であり、あらゆる出来事は、対人関係上ないし社会的な文脈において主観的に意味づけられた形で体験されると、アドラー心理学では考えるのです。
